H-V線図の外を飛んでいた。それでも間に合わなかった——阿蘇のR44エンジン停止事故

H-V線図の外を飛んでいた。それでも間に合わなかった——阿蘇のR44エンジン停止事故

運輸安全委員会から、航空事故調査報告書 AA2026-6-1が公表されました。

ロビンソン式R44II型 JA718W(PDF)(令和8年7月3日議決)

2024年5月、阿蘇で遊覧飛行中にエンジンが止まり、不時着を試みてハードランディングした事故です。紹介しておきます。


事故の概要 #

項目内容
発生令和6年5月13日 11時57分頃
場所熊本県阿蘇市
機体ロビンソン式R44Ⅱ型 JA718W(匠航空)
飛行遊覧。カドリードミニオン場外離着陸場〜阿蘇中岳火口の往復、約7分
搭乗機長ほか乗客2名の計3名
被害3名とも重傷、機体大破。火災なし
機長57歳、総飛行時間5,198時間、同型式962時間

火口上空から場外へ戻る降下中、着陸に備えてコレクティブを引き上げた直後に、左後方から「ボン」という音。ほぼ同時にLow RPMホーンが鳴り、ローター回転数は約80%まで落ちていました。

機長は左側の場外と右側の空き地を確認し、瞬時に右の空き地を選んで不時着します。音を聞いてから接地まで、3秒程度でした。

原因——コンロッドが折れた #

エンジンはライカミングIO-540。分解調査の結果、No.4シリンダーのコンロッドが破断していました。

壊れ方の順序は、報告書によればこうです。

  1. コンロッド小端(スモールエンド)に圧入されているブッシングの外径が、規格より小さかった
  2. 接触面積が減り、摩擦力が不足して、運用中にブッシングが本来の位置から動いた
  3. スモールエンドの内径側が急速に摩耗し、疲労破壊に至った
  4. その影響でコンロッドのビーム部にねじれが生じ、過負荷で二次的に破断

クランクケース上部には破孔が開き、タペットが突き出していました。オイルフィルターには銅合金のフレークが多量に付着。ブッシングが削れて出た金属片です。

つまり、製造時の寸法不良に起因する部品の問題でした。整備や操縦の問題ではありません。

検査には合格していた #

ここが報告書のいちばん重い部分だと思います。

この不具合は新しい話ではありません。ライカミングは2015〜2016年に同種事案5件を把握し、2017年にサービスブリテンSB632Bを発行。プッシュアウト・テスト(ブッシングに約540 lbsをかけて押し出されないことを確認する検査)を求めていました。国内でもTCDが出ています。

そしてこの機体は、その検査を受けて合格していました。2017年12月、エンジン総使用98.9時間の時点です。

事故時の総使用時間は1,952時間。検査から約1,853時間が経っていました。

報告書はこう書いています。検査に合格したブッシングが、その後の運用中に破損した初めての報告である、と。

さらに分解調査では、生き残った5本のうちNo.5が約450 lbsで押し出されて不合格になりました。No.6は合格したものの、取り外しに要した荷重は570 lbs——規定値は超えているが、規格適合品に期待される目安より低い値だったとされています。

同じロットの中で、静かに進行していたということでしょう。事故の約13時間前のオイル交換では、ブロンズ片は確認されていません。

H-V線図の外にいたのに #

パイロットとして本当に読むべきなのは、ここだと思います。

エンジンが止まったとき、機体は対気速度約70kt、樹木上端との垂直間隔で約40m(約130ft)。報告書は、高度対速度包囲線図の回避領域外を飛行していたと認めています。

つまり教科書どおりなら、オートローテーションが成立するはずの領域でした。

それでも、機長は「オートローテーションには移行できない」と判断しています。報告書の分析はこうです。

同機は、着陸に備えて降下率を小さくするためにコレクティブ・ピッチ・レバーを引き上げており、メインローター・ブレードの迎え角が増大していた。このため、同エンジンが停止した際には、メインローター・ブレードは空気抵抗の影響を強く受け、ローター回転数が急激に低下したものと考えられる。

コレクティブを引いている最中だった。だからブレードの迎え角が大きく、エンジンが落ちた瞬間にローターが急激に減速した。結果、回避領域外にいたにもかかわらず、回転数を回復させるだけの高度の余裕がなかった、と。

報告書は、H-V線図の前提条件も明記しています。密度高度が海面高度、機体重量2,500 lbs、滑らかな固い地面、無風。そして、ローター回転数が低下している場合は、回復のために高度を消費すること。

線図は「その瞬間の高度と速度」で引かれています。しかし実際に効くのは、その瞬間に自分がコレクティブをどう握っていたかでした。

機長の判断について #

報告書は、機長の不時着地の選択を明確に評価しています。

左の場外はコンクリート面で、人員がいて、他の機体もあった。着陸に失敗すれば二次被害を招く。直下は山の斜面に沿った深い森林で、飛行経路の前方には家屋が点在していた。

そのうえで、瞬時に近傍の空き地を見付けて不時着したことは、適切な判断であったと書かれています。

3秒です。

接地してから停止するまで #

現場の接触痕とドローン調査から、接地後の動きも再現されています。

機首方位約70°で接地し、スキッドで約5m滑走。不整地の起伏で機体が上下し、ブレードが上下に加振されて、1本の先端が地面をえぐりました。その反動で機体が持ち上がり、機首方位が瞬時に左へ約60°振れて強めに再接地。スキッドが外側に開いて座屈し、胴体下面を擦りながら約5m右へ横滑りして停止しています。

ブレード前縁には、先端から22cmまで泥が付着していました。

不整地への接地は、止まるまでが接地だということが、痕跡としてそのまま残っています。

その後の是正措置 #

ライカミングは、この調査結果を受けて対象を大きく広げました。

文書改訂内容
SB630B令和7年6月11日シリンダー脱着時の検査対象を、新ブッシングを除く全ブッシングに拡大
SB240AA令和7年6月24日オーバーホール・修理・整備時に、状態を問わず全て新ブッシングへ交換することを必須化

従来は「特定の供給業者から特定時期に出荷されたもの」に限った対策でしたが、出荷時期を限定しない全数対象になりました。FAAのAD 2026-04-11とTCD 10376A-2026(令和8年4月)でも、適用範囲が拡大されています。

新ブッシングは縁に切り欠きがあり、外さずに識別できるようになっています。

なお、運輸安全委員会は再発防止策として、規格に適合しない可能性のある全てのブッシングの交換要領を検討する必要があると製造者に求めています。

ヘリ乗りとして #

三つ、持ち帰るところがあると思いました。

ひとつ。H-V線図は前提つきの図である。回避領域の外にいることは、オートローテーションが成立することを保証しません。特にコレクティブを引き上げている局面——進入や減速の最中——は、線図の外にいても回転数が一気に落ちます。線図を見るときに、自分がどのフェーズにいるかまで込みで考える必要があります。

ふたつ。「検査に合格した」は「もう壊れない」ではない。この機体は正規の検査に合格し、その後1,853時間飛んで壊れました。検査は、その時点の状態を確認するものです。進行するタイプの不具合は、合格の後ろでも進みます。

みっつ。降りる場所を選ぶ時間は、思っているより短い。3秒でした。人がいる場所を避け、二次被害の少ない側を選ぶ判断が、その3秒で行われています。日頃から「今エンジンが止まったらどこへ降りるか」を見ておくこと以外に、この時間を作る方法はないのだろうと思います。

なお、同じ運航会社では2026年1月に阿蘇中岳火口でのヘリ墜落事故も起きており、機体回収の経過を別の記事で追ってきました。別の事故であり、本件の原因は部品の製造不良に帰していますが、同じ地域・同じ遊覧運航として記録しておきます。

まとめ #

  • 運輸安全委員会がAA2026-6-1(令和8年7月3日議決)を公表。R44Ⅱ型 JA718W、令和6年5月13日、熊本県阿蘇市。遊覧飛行中のエンジン停止によるハードランディングで3名重傷・機体大破
  • 原因はNo.4コンロッドの破断。コンロッド小端のブッシングの外径が規格より小さく、運用中に移動して小端が疲労破壊、ビーム部が二次的に破断した。
  • 同機は2017年にSB632Bのプッシュアウト・テストに合格していた。合格したブッシングが後の運用中に破損した初の報告。検査から事故まで約1,853時間
  • 分解調査ではNo.5が450 lbsで不合格。No.6も規定は超えたが期待値より低かった。
  • エンジン停止時、機体はH-V線図の回避領域外(約70kt、樹木上端から約40m)。それでも着陸に備えてコレクティブを引き上げていたため迎え角が増大し、ローター回転数が急激に低下。回復させる高度の余裕がなかった。
  • H-V線図の前提は密度高度=海面、2,500 lbs、滑らかな固い地面、無風。回転数が落ちていれば回復に高度を消費する。
  • 音から接地まで3秒程度。機長は人員と他機のいる場外を避けて空き地を選び、報告書は適切な判断と評価している。
  • 接地後、不整地の起伏でブレードが地面に接触し、機首が左に約60°振れて再接地。止まるまでが接地
  • ライカミングはSB630B・SB240AAで対象を全ブッシングに拡大。FAA AD 2026-04-11/TCD 10376A-2026で適用範囲も拡大された。

関連記事 #


本記事は、運輸安全委員会が公表した航空事故調査報告書AA2026-6-1の内容を、筆者が要約・紹介したものです。正確な記述および図表は原文をご確認ください。報告書は特定の個人や団体の責任を問うために作成されたものではありません(運輸安全委員会設置法第5条)。負傷の詳細や搭乗者の属性については、本記事では触れていません。

ヒーロー画像はイメージです(同型式のR44 Raven II/東京ヘリポート)。“JA43NF R44 Raven II tourism helicopter at Tokyo Heliport” by Syced / Wikimedia Commons / CC0(本記事への掲載にあたりリサイズを行いました)


出典

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