航法計算盤 TANC-3改の使い方をやさしく解説 ― ヘリの低速域でこそ効く一枚

コクピットにGPSもFMSも当たり前に載っている今、なぜわざわざ手回しの計算盤を使うのか。そう思う方もいるかもしれません。

でも、現場のヘリパイロットの机の上には、今でもコンサイスの TANC-3改 が転がっています。航空大学校やヘリコプター部でも採用されている定番で、TAS30〜170ktという低速域に合わせて作られているのが、ヘリ乗りにちょうどいいのです。GPSが落ちたとき、数字をサッと検算したいとき、後輩に「なぜその数字になるのか」を説明したいとき。電源のいらない一枚は、やはり頼れます。

この記事では、TANC-3改の基本操作を文章で追えるように解説します。盤面の細かな印字位置は付属のカード式説明書やメーカーの解説動画に譲りますが、「どう考えてどう回すか」の理屈をつかめば、E6BでもCRP-5でもそのまま応用できます。


まずは構成 ― 表は計算尺、裏は測風 #

TANC-3改は大きく2つの面でできています。

ひとつが計算尺面(表)。円形の回転ディスクと外周の固定目盛りを組み合わせた、いわゆる丸い計算尺です。ここで「速度・時間・距離」「燃料流量・搭載量・飛行可能時間」「真対気速度・密度高度・真高度」「単位換算」などを扱います。

もうひとつが測風面(裏)。透明の回転ディスクと、上下にスライドする方眼カードでできていて、こちらは風の三角形(風向風速・真進路・対地速度・真対気速度・偏流角)を解くための面です。

文章で全部を伝えるのは正直むずかしい面もあるので、まずは計算尺面の「大原則」から押さえましょう。ここが分かると、表面の計算はほぼ全部同じ要領で解けます。


計算尺面の大原則 ― 「速度指標(60)」と比の考え方 #

小学校で習った「みはじ(速さ・道のり・時間)」を、円形にしたものだと思ってください。

ポイントは2つだけです。

  1. 外周の目盛りは「距離」や「燃料量」など、量を表します。
  2. 内側の回転目盛りは「時間(分)」を表し、そこに大きな三角の 速度指標(60の位置) があります。

なぜ60かというと、速度は「1時間(=60分)あたり」で表すからです。この速度指標を基準に、外周の量と内側の分を比例関係で読み取る、これがすべての土台になります。

文字だけだとピンと来ないので、ヘリの低速域でよくある場面で実際に回してみます。

① 対地速度(GS)を出す #

「18nmを9分で飛んだ。GSは?」

  • 内側の 9分 を、外周の 18(nm) に合わせます。
  • そのまま 速度指標(60) の真上、外周の数字を読みます。→ 120kt

18nmを9分なので1分2nm、1時間で120nm。理屈どおりです。巡航に入ってから2地点間の実測でGSを割り出すのに、いちばん使う操作です。

② 所要時間を出す #

「GS120ktで45nm先まで何分?」

  • 外周の 120速度指標(60) に合わせます。
  • 外周の 45 の真下、内側の分を読みます。→ 22.5分

ETA(到着予定時刻)の更新は、まさにこの計算の繰り返しです。

③ 飛行距離を出す #

「GS90ktで12分飛んだら何nm?」

  • 外周の 90速度指標(60) に合わせます。
  • 内側の 12分 の真上、外周を読みます。→ 18nm

④ 燃料の残り時間を出す #

燃料も「1時間あたりいくつ消費するか」という速度の一種なので、まったく同じ要領です。

「燃料流量300L/h、残搭載200L。あと何分飛べる?」

  • 外周の 300(流量)速度指標(60) に合わせます。
  • 外周の 200(残量) の真下、内側の分を読みます。→ 40分

吊り荷やホイストで現場上空に長居したあと、「あと何分粘れるか」を頭の電卓と二重チェックするのに重宝します。逆に「2時間飛ぶと何L使うか(燃料消費量)」も、同じ盤面で出せます。

⑤ 真対気速度(TAS)と密度高度 #

計算尺面の小窓を使うと、気圧高度と外気温から TAS密度高度 が出せます。

おおまかな手順は、小窓の中で 気圧高度外気温(OAT) を合わせ、内側の指示対気速度(CAS)に対する外周のTASを読む、という流れです。たとえば「気圧高度5,000ft、OAT+5℃、CAS100kt」なら、TASはおおよそ108kt前後になります(窓の指標名や読み位置は機体の盤面で確認してください)。

ヘリの場合、夏場の高所ピックアップで密度高度がぐっと上がり、パワーマージンに直結します。HOGE性能を考えるうえでも、密度高度をその場でつかめるのは大きな安心材料です。


測風面の使い方 ― 風の三角形を解く #

ここからが裏面です。少し手数は増えますが、考え方は「風のベクトルを足し引きする」だけです。先に用語を整理します。

  • 真進路(TC):地図上で引いた、行きたい方向
  • 真針路/真機首方位(TH):風を相殺するために実際に機首を向ける方向
  • 偏流角(WCA):TCとTHの差。風に当てる角度
  • 対地速度(GS):実際に地面に対して進む速さ

風を知って、機首方位と対地速度を出す #

「TC030°、TAS120kt、風は080°から20kt」のとき、THとGSを求めます。

  1. 透明ディスクを回し、風向(080°) を上部の基準線(TRUE INDEX)に合わせます。
  2. 中心点(グロメット)をキリのいい速度線に置き、そこから 上方向へ風速20kt分 目盛りを数えて点を打ちます。これが風の点(ウィンドドット)です。
  3. ディスクを回し、今度は 真進路(030°) を基準線に合わせます。
  4. スライドを上下に動かし、ウィンドドットが TAS120ktの円弧 に重なる位置にします。
  5. このときグロメットの真下に来た値が 対地速度(GS)。この例だとおおよそ 106kt前後 です。
  6. ウィンドドットが中心線から左右に何度ずれているかが 偏流角(WCA)。ドットが右側なら風は右から当たるので機首を右へ振り、TH=TC+WCA。この例ではWCAが約7°右で、TH≒037° になります。

風が右前方から当たっているので、機首を少し右に向けて流されぶんを相殺し、向かい風成分のぶんGSが落ちる、という結果です。数字を出したあとに「なるほど、向かい風寄りだからGSが落ちるな」と物理的なイメージと突き合わせると、読み間違いに気づけます。

飛んでみて風を逆算する(GS → 風) #

逆に、実際に飛んだ結果から上空の風を割り出すこともできます。「TC・TH・TAS・GS」が分かっていれば、同じ盤面を逆向きにたどって 風向・風速 が出せます。GPSやFMSが見せてくれる風の数字を、自分の手で検算できるわけです。

先ほどの例の逆算で確かめてみましょう。

TC030°、TH037°、TAS120kt、GS106kt」のとき、風向・風速を求めます。

  1. ディスクを回し、真進路(TC 030°) を基準線(TRUE INDEX)に合わせます。
  2. スライドを動かし、グロメット(中心点)を対地速度(GS 106kt)の線上 に置きます。
  3. 偏流角は WCA = TH − TC = +7°(右)。機首を右に振っているので、ウィンドドットは中心線の 右側 にあります。中心線から 右へ7° の偏流線と、TAS120ktの円弧 が交わる点に印を打ちます。これがウィンドドットです。
  4. ディスクを回して、ウィンドドットがグロメットの真上(中心線上) に来る位置にします。
    • 基準線の下に来た値が 風向 ≒ 080°
    • グロメットからウィンドドットまでの目盛り距離が 風速 ≒ 20kt

きちんと前項(風080°/20kt → TH037°・GS106kt)の逆になっていますね。

ポイントは、WCAの符号(左右)を取り違えないこと。THがTCより大きい(右に振っている)ならドットは右、小さい(左に振っている)なら左です。向かい風ならGS<TAS、追い風ならGS>TAS、という大小関係も、出した数字の妥当性チェックに使えます。


ヘリならではの使いどころ #

TANC-3改が標準的なE6Bと違うのは、低速域(TAS30〜170kt)に目盛りを最適化している点です。ヘリは巡航でも100kt前後、現場作業ではさらに遅くなります。高速機向けの目盛りだと低速側が詰まって読みにくいのですが、TANC-3改なら低速域がゆったり取られていて、ヘリの実速度帯で精度が出しやすいのです。

実務での出番をいくつか挙げると、

  • 2地点間の実測からGSを割り出し、ETAを更新する
  • 残燃料から現場上空での滞空可能時間をざっくり押さえる
  • 高所・高温時の密度高度を把握し、パワー計画の頭出しをする
  • GPS表示の風やGSを、独立した手段で検算する

どれも「GPSがあるからいらない」ではなく、「GPSと二重に持っておくと安心」という性格のものです。計器が一つ落ちても航法が破綻しない、その冗長性こそが計算盤の価値だと考えています。


上達のコツ #

最後に、後輩に教えるときにいつも言っていることを。

計算盤は、答えの「桁」を計算尺が教えてくれません。120ktなのか12ktなのか1,200ktなのかは、自分で見当をつける必要があります。だからこそ、回す前に暗算でざっくり当たりをつける癖をつけてください。「18nmを9分なら、まあ120ktくらいだろう」と先に見積もっておけば、目盛りの読み違いで桁を間違えても、すぐ気づけます。

機械式の良さは、答えだけでなく「なぜその数字になるか」が手の感覚で残ることです。GPSの数字を鵜呑みにしない目を養う意味でも、一枚持っておいて損はありません。


参考・入手先 #

  • TANC-3改 付属のプラスチックカード式使用説明書(基本操作の一次資料)
  • コンサイス(TTC株式会社コンサイス事業本部)公式YouTubeチャンネル:各種操作の解説動画
  • 一般的な航法計算盤(E6B)の計算例まとめ:個別の計算ごとに手順を確認できる解説サイトが参考になります

※盤面の指標名・読み取り位置は製品やバージョンで細部が異なります。具体的な操作は手元のTANC-3改と付属説明書で確認してください。


ヒーロー画像はイメージ(同種の航法計算盤 E6B)です。「E6bcardboard」by M9matr0902 / Wikimedia Commons / Public Domain


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