シドニーで1か月に6件。日本の管制官の疲労管理は、いまどこにいるのか

シドニーで1か月に6件。日本の管制官の疲労管理は、いまどこにいるのか

シドニー空港で、管制官の人手不足と過重労働が報じられています。読んでいて、日本はどうなんだろうと気になりました。

調べてみたら、日本でも同じ論点が動いていました。ただし入り方がまったく違います。


シドニーで起きていること #

報道されている内容を整理します。

項目内容
きっかけ7月27日、着陸機と離陸許可済みの機体が接触しかけた事案
頻度1か月で6件のニアミス。豪ATSBが全件を調査中
疲労当日勤務の管制官10人のうち5人が豪州の疲労スケールで高リスクと評価
連続勤務最大10連続シフト(80時間)。カナダは8日、米国は6日が上限
当局Airservices Australiaが、8月28日までの6週間で欠勤が多くシフト編成に影響したと認めた

欠員と過重労働が先にあって、そこに事故の芽が出ている。現場の管制官の「あの朝は4人で回していた。事故にならなかったのは幸運だった」という趣旨のコメントも紹介されていました。

日本は、順番が逆 #

日本にも同じ議論があります。ただしきっかけが人手不足ではなく、事故でした。

2024年1月2日の羽田空港での衝突事故です。ここから一連の検討が始まっています。

① 労働組合の指摘 #

事故を受けて、国土交通労働組合が航空局に人員増とメンタルケア体制の拡充を申し入れています。理由が端的でした。

「管制官が取り扱う航空機の数は増えているのに人数は変わらず、業務負担が著しく増加している」

シドニーの組合が言っていることと、ほぼ同じです。

② 羽田空港航空機衝突事故対策検討委員会(令和6年6月24日 中間取りまとめ) #

滑走路誤進入対策の柱のひとつとして、「管制業務の実施体制の強化」が立ちました。3項目あります。

  • 管制官の増員航空保安大学校の採用枠拡大を含む)・業務分担の見直し
  • 管制官の疲労を業務の困難性や複雑性に応じて把握・管理する運用を導入
  • 管制官の職場環境を改善、ストレスケア体制を拡充

滑走路誤進入の対策というと、RWSL(滑走路状態表示灯)やアラート強化といったハードの話が目立ちますが、同じ中間取りまとめの中に人の話が並んでいるのは知りませんでした。

③ 疲労管理の高度化に関する有識者検討会 #

さらに、ヒューマンファクター・労働安全衛生・航空医学の専門家による専門の検討会が令和7年1月に設置され、3回の議論を経て中間とりまとめ(令和7年3月19日)が出ています。

これがいちばん具体的でした。

検討会が書いている「日本の現在地」 #

まず前提として、日本にはすでに疲労管理の仕組みがあります。

我が国の管制官に対しては、国際民間航空機関(ICAO)が定める国際標準を踏まえ、令和2年度から勤務時間等の管理を基本とした疲労管理の仕組みが導入されている

勤務計画を作るときに規制値を超えそうなら警告が出る、というシステムも入っています。ルールが無いわけではない。

そのうえで、課題として3つが名指しされています。

課題1:予測に基づいた勤務計画になっていない #

交通量の増加・集中、それに伴う負荷を定量的に予測した上で勤務計画を作成するまでには至っておらず

「何機来るか」を織り込んで人を配置する、という段階にまだ来ていない、ということです。

課題2:突発事象の対応が「現場の経験則」 #

ここがいちばん引っかかりました。

交通流の短時間の集中や突発事象等が勤務中に発生した場合の対応は、いわば社会科学的なアプローチとして現場の経験則に基づいて行われている現状があるが、対応判断に属人性が生じている懸念がある

忙しくなったときに誰をどう休ませるかが、その場の判断に委ねられている。行政の文書が「属人性」という言葉で自分の現場を評価しているのは、なかなか率直だと思います。

課題3:管理職の手作業 #

勤務時間等の規制値に適合しないおそれがあるとの注意喚起を受けた場合、管理職等が手作業で修正を実施しているため、管理職等の負荷が極めて大きい状態にある

システムは「まずい」と教えてくれるが、直すのは人力。しかもその人力を負担しているのは管理職で、そちらの疲労は誰が見るのか、という話にもなります。

さらに、現在は管理職がマネジメント業務の中で見ている「着席時間に応じた離席時間」の取得状況も、システムで正確に管理できるようにすべきだと書かれています。

何を目指すのか #

検討会は、疲労の中でも急性疲労——管制サービスの質に直接効くもの——に力点を置くと明記しています。そのうえで、

  • 交通量・業務量をきめ細かく予測して勤務計画に反映する
  • 実際の交通状況や突発事象による負荷を常時把握し、各管制官の疲労蓄積度合いに応じて着席計画を随時変更する

という方向を示しています。「疲れたら替わる」を、経験則ではなく仕組みでやる、ということでしょう。

予算にも載った #

令和8年度の航空局概算要求には、羽田事故を踏まえた対策のひとつとして、こう書かれています。

管制官の疲労を業務の困難性や複雑性に応じて把握・管理するシステムの導入

税制改正要望にも「航空管制官の養成に係る体制強化」が挙がっています。議論が予算の項目まで降りてきた形です。

並べてみると #

シドニー日本
発端欠員と過重労働。ニアミス多発羽田事故。予防的な体制強化
疲労管理の枠組み規則はあるが10連続シフトが常態化ICAO準拠の仕組みを令和2年度から運用
いまの課題人が足りない予測が入っていない/属人性/管理職の手作業
対応の段階調査中検討会→システム導入を予算要求

「日本もシドニーと同じ状況か」と言われれば、そこまでは行っていないというのが、資料を読んだ限りの感触です。枠組みは既にあり、いま議論されているのは「それをもっと精緻にする」段階の話です。

ただし、組合の指摘だけは両国で同じです。取扱機数は増えたが人数は変わらない。ここが放置されれば、精緻な管理をしたところで配れる人がいない、ということになります。

調べきれなかったこと #

正直に書いておきます。

日本の欠員数や超過勤務時間の公開データは、見つけられませんでした。シドニー側は当局と組合が具体的な数字を出していますが、日本側で同等の数字は公表されていないようです。

もうひとつ気づいたことがあります。国交省の航空路管制取扱機数のページは、平成25年(2013年)で更新が止まっています。

組合が言う「取扱機数は増えている」を公的統計で確かめようとすると、10年以上前のデータしかないわけです。負荷の議論をするなら、まずここが更新されていてほしいと思いました。

パイロットとして思うこと #

管制官の疲労は、こちらからは見えません。

声の調子で「今日は混んでるな」と感じることはありますが、その人が何時間座り続けているのか、何連勤なのかは分かりようがない。分からないまま、指示に従って飛んでいます。

だからこそ、こういう仕組みの話は他人事ではないと思いました。「属人性がある」と書かれているのは、裏を返せば今は個々の管制官と管理職の努力で成り立っているということです。それは強さでもありますが、人が減れば真っ先に効いてくる部分でもあります。

シドニーの記事で一番こたえたのは、「事故にならなかったのは幸運だった」という趣旨の当事者の言葉でした。幸運に依存しない仕組みを先に作る側に日本がいるうちに、と思います。

まとめ #

  • シドニー空港で1か月に6件のニアミス。当日勤務10人中5人が疲労の高リスク評価、最大10連続シフト(80時間)が報じられている。
  • 日本でも同じ論点が動いているが、きっかけは人手不足ではなく2024年1月の羽田衝突事故
  • 国土交通労働組合は「取扱機数は増えているのに人数は変わらない」として人員増とメンタルケア拡充を申し入れ。
  • 羽田空港航空機衝突事故対策検討委員会 中間取りまとめ(令和6年6月24日)に「管制業務の実施体制の強化」が明記。増員(航空保安大学校の採用枠拡大を含む)・疲労管理の運用導入・職場環境とストレスケアの3項目。
  • 航空管制官の疲労管理の高度化に関する有識者検討会が令和7年1月設置、中間とりまとめを3月19日公表。
  • 日本には令和2年度からICAO準拠の疲労管理の仕組みがある。課題は①交通量を定量的に予測した勤務計画になっていない②突発事象の対応が現場の経験則で属人性の懸念③警告後の修正が管理職の手作業で負荷が極めて大きい。
  • 目指す方向は、業務量の予測を勤務計画に反映し、疲労の蓄積度合いに応じて着席計画を随時変更すること。
  • 令和8年度概算要求に疲労管理システムの導入が計上。税制改正要望に「航空管制官の養成に係る体制強化」。
  • 日本の欠員数・超過勤務のデータは非公開。国交省の航空路管制取扱機数の統計は2013年で更新停止

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本記事は、国土交通省の公表資料および報道に基づき、現役ヘリコプターパイロットの視点から整理したものです。シドニー空港に関する記述は報道によります。日豪の比較は公表資料の範囲で行ったものであり、両国の勤務実態を同一の基準で比べたものではありません。

ヒーロー画像はイメージです(管制のレーダー表示。米海兵隊岩国航空基地)。“Air Traffic Control Plays a Key Role at MCAS Iwakuni” by Lance Cpl. Donald Dugger, U.S. Marine Corps / Wikimedia Commons / Public domain(本記事への掲載にあたりリサイズを行いました)


出典

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