総飛行141時間で事業用ヘリ操縦士? 「150時間ルール」の例外を読み解く

総飛行141時間で事業用ヘリ操縦士? 「150時間ルール」の例外を読み解く

操縦士の経歴シートを見ていて、ふと手が止まることがあります。

ある副操縦員のプロフィール。年齢26歳、事業用操縦士技能証明(回転翼航空機)あり、限定は陸上単発タービン機。ここまでは普通です。ところが総飛行時間の欄を見ると——141時間

「あれ、事業用(回転翼)って150時間いるんじゃなかったか?」

ヘリの世界に少しでも足を踏み入れた人なら、まず引っかかるところだと思います。今回はこの「150時間に届いていないのに事業用を持っている」というパズルを入口に、航空法施行規則別表第二の構造を読み解いていきます。

まず「150時間」はどこから来るか #

事業用操縦士(回転翼航空機)の受験資格は、航空法施行規則の別表第二で定められています。一般によく知られているのが、回転翼航空機による総飛行時間150時間以上というライン。内訳としては、おおむね次のような飛行を含むことが求められます。

  • 35時間以上の機長としての飛行
  • 出発地点から300km以上・中間2回以上の生地着陸を含む、10時間以上の機長としての野外飛行
  • 機長としての5回以上の離着陸を含む、5時間以上の夜間飛行
  • 10時間以上の計器飛行
  • オートロテイションによる着陸

これを自分で積み上げて、最後にJCABの実地試験を受ける。民間でプロを目指す人が通る、いわば王道ルートです。

ただし、これは「別表第二をフルに満たして実地試験を受験する人」の数字。実は別表第二の飛行経歴欄は、二者択一の構造になっています。

もうひとつのルート——「100時間」 #

別表第二の飛行経歴欄を正確に読むと、事業用(回転翼)は次のどちらかを満たせばよい、という書き方になっています。

  1. 回転翼航空機による150時間以上の飛行(上記の内訳を含む)
  2. 航空大学校または指定航空従事者養成施設において、回転翼航空機による100時間以上の飛行訓練(夜間飛行やオートロテイション着陸などの相当内容を含む)を修了した者

つまり、指定養成施設で養成された人は、150時間ではなく100時間ラインで受験資格を満たせる。冒頭の141時間の副操縦員は、この第2号ルートで取得した、と読むのが整合的です。150時間に9時間足りないのに事業用を持っている「種明かし」は、ここにあります。

なお、回転翼では航空大学校に現行の養成課程がありません(検討段階)。したがって回転翼の第2号ルートは、実質「指定航空従事者養成施設」一択になります。

なぜ海保・警察・自衛隊だけが「100時間」を使えるのか #

ここが今回いちばんお伝えしたいポイントです。

決定的な事実として、ヘリコプターの指定養成施設は民間に存在しません。国の関係省庁連絡会議の資料でも、ヘリコプター操縦士を養成する民間の指定航空従事者養成施設は存在しない、と明記されています。民間の養成機関(訓練事業会社や航空専門学校など)は「指定」ではないため、訓練後はあくまで一般受験で実地試験を受ける。結局150時間ルートをフルに踏むことになり、学費・訓練費が1000万円超の高額になる——という構造です。

一方で、海上保安庁・警察庁・自衛隊(防衛省)は、自前の指定養成施設を持っています。だから内部で養成された操縦士は、第2号ルート(100時間)で受験資格を満たし、さらに指定養成施設修了者として実地試験の免除も受けられる。冒頭のシートのように、総飛行が150時間に届く前に事業用が交付される、というわけです。

ただし、ここは大事な注記です。「100時間」はあくまで“受験資格としての規則上の下限”であって、実際の養成時間ではありません。実態としては、自衛隊をはじめ、指定養成施設でも150時間前後(あるいはそれ以上)まで飛行させることがほとんどです。冒頭の141時間のような例は、「規則上は100時間で受験資格を満たせる」という制度の表れであって、すべての指定養成施設修了者がこの時間で資格を取っているわけではない——という点は押さえておきたいところです。

「消防防災の自社養成」はこの恩恵を受けられない #

ここで現場の人ほど勘違いしやすいのが、消防防災航空隊の扱いです。

「自治体が自社養成しているなら、指定養成施設みたいなものでは?」と思いがちですが、消防防災の養成は実質的に民間委託です。つまり指定養成施設ではない。したがって消防防災ルートでは100時間の優遇は効かず、操縦士は基本的に150時間ルートを踏むことになります。同じ「公的機関のヘリ」でも、海保・警察・自衛隊と消防防災では、入口の制度設計がまったく別物なのです。

よくある誤解——「100時間は備考に書いてある」 #

法令を当たる人向けに、もうひとつ補足を。

この100時間の軽減は、別表第二の「備考」ではなく、飛行経歴欄そのものに置かれた『または』の第2号です。「備考に軽減規定がある」と説明されることがありますが、構造としては正確ではありません。

では別表第二の備考には何が書いてあるかというと、軽減の本体ではなく、飛行時間の数え方ルールが中心です。これを運用面で具体化しているのが、国土交通省の通達「航空法施行規則別表第二の運用について」(空乗第61号)。ここには、たとえば次のような算定の取り扱いが定められています。

  • 防衛省で操縦練習を許可された者の操縦練習時間や、防衛大臣が交付した技能証明書に基づく飛行時間も、別表第二の飛行経歴に算入できる
  • 他の種類の航空機の時間で充当する場合は「いずれか1種類」に限り、充当できるのは時間だけ。野外飛行の距離や夜間離着陸の回数は当該種類(回転翼なら回転翼)の実績が必要
  • 副操縦士時間や機長代行業務の時間の取り扱い

自衛隊出身の操縦士が経歴を持ち込めるのも、こうした算入ルールが土台にあるからです。

シミュレータはどこまで効くか #

最後に、よく聞かれるシミュレータ(模擬飛行)の算入について。別表第二では、飛行経歴に算入できる模擬飛行時間に上限が決まっています。回転翼の主なところを挙げると——

  • 事業用(回):総150時間のうち模擬飛行は10時間まで。うち計器飛行10時間のうち5時間まで
  • 計器飛行証明:計器飛行等の練習40時間のうち、模擬飛行装置(FFS)なら30時間、飛行訓練装置(FTD)なら20時間まで
  • 最近の飛行経験:計器飛行の6時間/180日や、離着陸3回/90日(うち夜間1回)は、模擬飛行装置等で全部充足できる

ここで効いてくるのが、「模擬飛行装置(FFS)」と「飛行訓練装置(FTD)」は別物という点。FFSはビジュアルとモーションを備えた上位装置でレベルA〜Dに区分され、算入枠が大きい。FTDは下位装置で枠が小さい。どちらも「模擬飛行装置等の認定」(施行規則238条の2)に基づき認定され、その認定レベルで算入の可否・枠が決まります。

なお、ここで混同しやすいのが「型式限定(タイプレーティング)」の扱いです。型式限定の訓練・審査そのものは、認定を受けた模擬飛行装置(FFS)で実施でき、装置の認定レベル次第では実機を使わずに取得する運用も可能です(実地試験の話は別として)。一方で、その模擬飛行時間を「総飛行時間」に算入することは、日本では現時点で認められていません(一部海外では、型式限定取得時に算入が認められる地域もあります)。「シミュレータで型式限定が取れる」ことと、「その時間を飛行時間として数えられる」ことは、別の話だという点に注意が必要です。

まとめ #

総飛行141時間で事業用ヘリ操縦士——この一見ふしぎな経歴は、別表第二の「150時間ルートと100時間ルートの二択」、そして「指定養成施設を持つのは海保・警察・自衛隊だけ」という制度の非対称から生まれています。

整理すると、こうなります。

  • 150時間:民間が一般受験で通る王道(実地試験あり、訓練費は高額)
  • 100時間:海保・警察・自衛隊など、自前の指定養成施設で養成された操縦士のルート(実地試験免除つき)。※ただし“規則上の下限”であり、実際は自衛隊等でも150時間前後まで飛ばすことがほとんど
  • 消防防災:自社養成でも実質民間委託のため、100時間の優遇は効かない

同じ操縦席に座る人でも、そこに至るまでの「入口」はずいぶん違う。経歴シートの一行から、日本のヘリ操縦士養成の構造が見えてくる——そんな話でした。


本記事は航空法施行規則別表第二、同運用通達(空乗第61号)、および国土交通省の公表資料に基づいて構成しています。具体的な受験要件・時間数は、最新の別表第二および通達の原文をご確認ください。

ヒーロー画像:「Robinson R44 cockpit」(ヘリコプターのコックピット例) by Dtom / Wikimedia Commons / CC BY 3.0(本記事への掲載にあたりリサイズを行いました)


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