海保AW139・波照間空港の樹木接触——暗夜の急患輸送で起きた「エラーの連鎖」(JTSB報告書)

海保AW139・波照間空港の樹木接触——暗夜の急患輸送で起きた「エラーの連鎖」(JTSB報告書)

何が起きたか #

運輸安全委員会(JTSB)が、海上保安庁のAW139(JA974A)による事故の最終報告書を公表した(令和8年5月22日議決)。

  • 2024年10月2日 01時22分、沖縄県・波照間空港。波照間→石垣島への急患輸送に対応するため新石垣空港を離陸し、滑走路21に進入する際、滑走路西側の雑木林の樹木に接触して機体を損傷
  • 搭乗は機長・副操縦員ほか乗組員4名・医師1名の計7名。負傷者なし。機体は中破(メインローター5枚、テールブーム、FLIR、左ステップ脱落など)、火災なし。樹木16本が折損

幸い人的被害はなかったが、一歩間違えば重大事故だった。報告書を読むと、これは**一つのミスではなく、暗夜の中で小さな判断が積み重なった「エラーの連鎖」**だったことが見えてくる。


事故に至る連鎖 #

① 暗夜——外部参照が乏しい #

当日は曇り・視程約10kmだが、月の入り後で星明かりもない暗夜。機長も「暗いな」と感じていた。地形は街明かりで把握できていたが、視覚的な手がかりは乏しい。

② 着陸灯を消した #

進入中、着陸灯に照らされた前方視界が真っ白に見えたため、機長は着陸灯を消灯し、以後着陸まで消したまま飛行した。報告書は、着陸灯は照射方向を変えられたこと、そして点灯していれば「正面に滑走路がない」「雑木林の上空にいる」ことを認識でき、事故を回避できた可能性が高いと指摘している。

③ まぶしさ回避の「オフセット飛行」 #

滑走路末端灯の白色せん光(フラッシング)がまぶしいため、機長は影響を減らそうと、意図的に滑走路延長線の右(西)へずらして飛行した(約2nm手前から事故まで)。ただし、この「オフセットを始める」という意思は機内で共有されていなかった

④ 灯火の誤認 #

報告書は、機長が空港管理事務所の照明(やそれに照らされたエプロン)を、接地目標地点の簡易式ヘリポート夜間灯火と誤認していた可能性を挙げる。結果、進入経路から右に約100m逸脱し、接地目標地点の約240m手前の雑木林の上へ。

⑤ バックサイドでの急減速 #

速すぎる・高すぎると感じた機長は減速操作(サイクリックを引き、コレクティブを下げる)を行った。だが当時は**「バックサイド」(必要トルクが最小となる速度=約80kt以下)の領域。ここで急減速すると水平飛行に必要なトルクが不足し、機体が沈む**。実際、約60kt→0ktを約7秒で減速し、最大降下率は約3,808ft/minに達して、高さ7〜8mの雑木林へ降下、樹木に接触した。


CRMの問題 #

報告書がもう一つ重視するのが**CRM(クルー・リソース・マネジメント)**だ。深夜・暗夜・急患輸送・夜間では初めての同空港という“スレット(不安全要素)”が同時進行する中で、CRMが十分に機能しなかった。

  • 機長は、経路が右にずれている/意図的にずらしていることを明確に意思表示していなかった
  • 乗組員は経路に疑問を抱きつつ、適時適切なアサーション(進言)ができず、または警告として届かなかった
  • 会話に「**あれ」「これ」「こっち」**といった指示代名詞が多く、共有認識にズレが生じた(話し手と聞き手で「あれ」が別の場所を指していた)
  • 副操縦員は型式限定を持たないが、著しい逸脱が続いた状況では、緊急避難的にテイクオーバー(操縦交代)するのが望ましかった

実際、終盤に乗組員が「左」「左」と繰り返し進言したが、機長は当初その意味が分からず、理解後に従って着陸している。“もう一人の目”はあったのに、明確な言葉と権限で機長に届くまでに時間がかかった——ここが核心だ。


JTSBの結論(原因) #

報告書は原因をこう整理している。

進入経路から逸脱し、滑走路西側の雑木林に降下して樹木に接触・損傷した。逸脱は灯火の誤認の可能性と、着陸灯を点灯していなかったことが関与。雑木林への降下はバックサイドでの急減速が関与した。


再発防止策 #

JTSBが必要とした主な対策と、海保が実施済みの対策は次のとおり。

  • 夜間進入時は着陸灯を点灯(消す相当の理由がない限り)。新石垣離陸時にハレーションの出ない照射角に調整し、着陸まで消さない運用へ
  • CRMの徹底(状況認識の共有、明確な言葉、権威勾配の評価、ためらわないテイクオーバー基準)
  • バックサイドの飛行特性の周知
  • 正しい進入経路を自動操縦で担保:着陸点・IAF・IF・FAFをFMSに入力し、FAF手前まで自動操縦。FAFを対地500ft・40kt・進入角6°で通過する手順を策定
  • 場外離着陸場ごとのアプローチチャートを整備、機長へCRM・空間識失調の教育訓練を実施

現役ヘリパイロットとして思うこと #

この事故の怖さは、一つひとつの判断が、その瞬間には“もっともらしく”見えたことだ。「眩しいから着陸灯を消す」「眩しい灯火を避けて少しずらす」——どれも単体では理解できる。だが暗夜で外部参照が乏しい中では、小さなずれが補正されずに連鎖し、誤認・逸脱・急減速へとつながった。

教訓は明快だ。暗夜では「正しい経路を機械(自動操縦/FMS)で担保し、人は監視に回る」。そして曖昧語を排した明確なコールと、ためらわないテイクオーバー。これはCRM/安全文化そのものであり、「一つの灯りに引っ張られない」というグリーン・ドット症候群の話とも重なる。

加えて、急患輸送という「早く届けたい」プレッシャーが、スレットを一つ増やしていたことも見逃せない。使命感が強いほど、安全マージンを意識的に確保する仕組み(自動化・手順・チェック)が要る。

負傷者がゼロで済み、海保が具体的な進入手順とチャートまで作り込んで再発防止に動いたのは、前向きに受け止めたい。報告書は、責めるためではなく学ぶためにある。


まとめ #

項目内容
事故海保AW139が波照間空港の進入で滑走路西側の雑木林に樹木接触・中破(2024年10月、負傷者なし)
連鎖暗夜→着陸灯消灯→まぶしさ回避のオフセット飛行→灯火の誤認→バックサイドでの急減速
逸脱進入経路から右へ約100m。灯火誤認の可能性+着陸灯非点灯が関与
降下バックサイド(約80kt以下)での急減速→最大降下率約3,808ft/min
CRM機長の意思決定が不明確/適時のアサーション不足/指示代名詞で認識ズレ
対策着陸灯点灯・CRM・自動操縦で経路担保(IAF/FAF)・バックサイド周知・教育訓練

暗夜の進入は、技量より「経路を仕組みで守り、言葉で共有する」かどうかで決まる。負傷者ゼロの今回の教訓を、空の現場で確実に受け継ぎたい。


本記事は、運輸安全委員会「航空事故調査報告書 AA2026-5-1(海上保安庁 アグスタ式AW139型 JA974A)」(2026年5月22日議決)をもとに、要点を整理したものです。詳細・正確な内容は報告書原文をご確認ください。後半の見解は筆者(現役ヘリコプターパイロット)個人のものです。

ヒーロー画像:海上保安庁のAW139(JA973A/事故機JA974Aと同型の姉妹機。本文の事故とは別機体です) by Hunini / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0(本記事への掲載にあたりリサイズを行いました)


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