JAPAのE-Journal「予期せぬ事態への備え」——NASAの報告事例4つを、ヘリ乗りが読むと
JAPA(日本航空機操縦士協会)のE-Journal 2026-008「予期せぬ事態への備え」が公開されていました。運航技術委員会によるものです。
JAPA E-Journal 2026-008 予期せぬ事態への備え(PDF)
読み応えがあったので、紹介しておきます。
そもそもE-Journalとは #
まず、この資料の位置づけから。
日本の航空安全情報の自発報告制度は、航空輸送技術研究センターが運営するVOICESです。これについては以前に書きました。
同じ仕組みが米国にもあり、NASAが運営するASRS(Aviation Safety Reporting System)がそれにあたります。ASRSは毎月CALLBACKという月報を発行していて、寄せられた報告のなかからテーマを決めて事例を紹介しています。
JAPAのE-Journalは、このCALLBACKを邦訳し、運航技術委員会が注釈や補足説明を付けたものです。原文(英語)も併載されているので、訳と原文を突き合わせて読めます。
つまり、米国の現役パイロットが自分で書いた「ヒヤリ」の一次記録が、日本語で毎月読めるということです。これはかなり贅沢な資料だと思います。
2026年8月号のテーマ #
今月は「予期せぬ事態への備え」。冒頭では、アポロ17号の船長ジーン・サーナンの言葉が引かれています。50年飛んでも、飛ぶたびに何かを学んでいるという趣旨のものです。
紹介されている報告は4件。離陸・上昇・進入・着陸と、飛行の各段階に1つずつ配置されています。
| 段階 | 運航形態 | 機種 | 何が起きたか |
|---|---|---|---|
| 離陸 | Part 91 | グラスエア(単発) | 離陸滑走中、滑走路上に車両 |
| 上昇 | Part 135 | チャレンジャー350 | 電気系統の異常が、いったん収まってから再発・拡大 |
| 進入 | Part 121 | 固定翼 | 進入中にLNAV/VNAVを喪失 |
| 着陸 | Part 121 | MD-11 | オートランドがフレア直前に破綻 |
以下、ざっと中身です。詳しくは原文をどうぞ。
4つの事例 #
離陸——白い背景に、白いトラック #
無管制のGA飛行場。トラフィックもなく、静かな日。離陸滑走に入り、ローテーション速度に近づいたところで、滑走路上のピックアップトラックが見えます。停止するには距離が足りず、引き起こして飛び越えました。
ホイールキャップを探すために、飛行場の職員が車両の進入を許可していたというのが真相でした。
報告者の分析が具体的です。数日前の吹雪で滑走路の両側は雪、標識は塗り替えたばかりで真っ白、加速に伴う機首上げで前方視界が一部隠れる。白い背景に、白いトラック。見えるはずのものが背景に溶けていました。
上昇——「いったん直った」の後に来たもの #
チャレンジャー350。上昇中に電気系統のちらつきに気づき、水平飛行に移してトラブルシュート。チェックリストをSOPどおり完了し、症状が自然に収まったように見えたため、監視しながら飛行を継続します。
その後、上昇を再開すると再発。バッテリーとジェネレーターのオフ表示が次々に出て、降下中にはさらにFAIL表示が並びます。ダイバートを決断。
判断として印象的なのは、着陸重量オーバー(約2,000ポンド)を受け入れたことです。全電源喪失という代替と天秤にかけての選択でした。
進入——ブリーフした前提が、そこになかった #
夜間VMC。進入中に次の進入方式が予定より早くアクティブになり、横方向と垂直方向のガイダンスを同時に失います。地形に向かって降下している最中でした。
ここが本号でいちばん刺さった箇所です。報告者はこう書いています。自分がブリーフィングで習った進入中止手順は、FMSに横方向のガイダンスが残っている前提だった、と。
前提が消えた瞬間、手順が使えなくなった。状況把握に少し時間を使ったあと、TO/GAを押し、ヘディングモードで滑走路方向へ向け、EGPWSの表示を見ながら地形を避けて旋回します。
原因として挙げられているのは、深夜・長時間勤務・タワー閉鎖・複雑な進入方式。提案のひとつが、「横方向ガイダンスがない状態での進入復行」もブリーフしておくというものでした。
着陸——オートランドが、フレアの直前に #
MD-11。機体の資格維持のため、ACARSの自動メッセージでオートランドの実施を求められます。進入は安定、設定も完了、気象も制限内。
30〜20フィートでオートパイロットがフレアするように機首を上げ、接地直前に急に数度、機首を下げました。そしてオートパイロットが自ら切断。手動に移りましたが強く接地してバウンド。両者が「GO AROUND」をコールし、訓練どおりのバウンド着陸手順とゴーアラウンド手順で回復しています。
報告者の言葉で印象に残るのは、安定から不安定への変化がこれほど速いことに驚いたという一節です。
付け足しのようで、大事な指摘 #
この着陸の報告には、もうひとつ論点が付いています。
ゴーアラウンド中に、管制から原因を尋ねられたという話です。
報告者は、管制側に報告義務があることは理解したうえで、今回は常識的な対応だったとも書いています。そのうえでの提案が、質問の適切なタイミングは、安全に着陸したあと、グランドでというものでした。ゴーアラウンド中のコックピットは非常に忙しく、注意散漫そのものがスレットになるからです。
これはヘリでも、そのまま同じだと思います。復行や進入中止をかけた直後は、機体を安定させ、姿勢と高度と経路を作り直すのに手一杯です。そのタイミングで理由を聞かれると、答えるために操縦以外へ注意を割くことになる。
聞く側に悪意はありません。だからこそ、「今は聞かない」という判断が共有されているかが効いてくるのだと思います。
ヘリ乗りとして #
4件のうち3件は固定翼、しかも大型機やビジネスジェットの話です。機種だけ見れば遠い。
それでも、構造は同じだと感じました。
離陸の事例は、視認の話です。背景に溶けるものは見えない。ヘリの場外離着陸場でも、人や車両が思わぬ場所にいることはありますし、雪面やコンクリートの上では対象が消えます。
上昇の事例は、「いったん直った」をどう扱うかです。症状が消えたことは、原因が消えたことを意味しません。再発したときに悪化している可能性まで含めて、継続か引き返しかを決める必要があります。
進入の事例が、いちばん普遍的でしょう。ブリーフィングした手順には、必ず前提があります。その前提が崩れたとき、手順は使えない。ブリーフィングは期待値の管理だと以前書きましたが、期待どおりにならなかったときの分岐まで含めてブリーフしているか、という問いになります。
着陸の事例は、自動化への信頼の置き方です。安定していた進入が20フィートで壊れた。ヘリに同じ装備があるわけではありませんが、「ここまで来たらもう大丈夫」と思った瞬間が一番危ないというのは、共通の感覚だと思います。
まとめ #
- JAPA運航技術委員会のE-Journalは、NASA・ASRSが毎月発行するCALLBACKの邦訳に注釈を付けたもの。原文併載。
- 日本の同種の制度はVOICES(航空輸送技術研究センター運営)。
- 2026年8月号のテーマは「予期せぬ事態への備え」。離陸・上昇・進入・着陸の4段階から報告を紹介。
- 離陸:無管制GA飛行場で、雪と塗り直した標識の白い背景に白いピックアップトラックが溶けていた。
- 上昇:電気系統の異常がいったん収まってから再発・拡大。着陸重量オーバーを受け入れてダイバート。
- 進入:LNAV/VNAV喪失。ブリーフした進入中止手順が「横ガイダンスが残っている」前提だったため、判断に時間を要した。
- 着陸:オートランドがフレア直前に破綻しバウンド。訓練どおりの手順で回復。
- ゴーアラウンド中に管制から原因を問われる問題も提起されている。聞くなら着陸後、グランドで。
- 事例は固定翼中心だが、視認・「いったん直った」の扱い・ブリーフの前提・自動化への信頼は、ヘリでもそのまま効く論点。
月1回、無料で、現役パイロットの一次記録が日本語で読めます。まだ読んでいない方は、ぜひ。
関連記事 #
本記事は、公益社団法人日本航空機操縦士協会(JAPA)運航技術委員会が公開したE-Journal 2026-008の内容を、筆者が要約・紹介したものです。事例の詳細および正確な記述は原文(PDF)をご確認ください。原典はNASA ASRSの発行するCALLBACKです。
ヒーロー画像はイメージです(除雪作業中の滑走路)。“Runway Snow Removal” by John Murphy / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0(本記事への掲載にあたりリサイズを行いました)
出典
- 公益社団法人日本航空機操縦士協会 運航技術委員会「JAPA E-Journal 2026-008 予期せぬ事態への備え」(2026年8月24日)
- NASA Aviation Safety Reporting System “CALLBACK”
コメント
※ 名前を入力するだけでコメントできます(メールアドレスは任意)。 投稿いただいたコメントは管理者の承認後に表示されます。