VOICESとは——「罰しない・名前を出さない」航空安全情報の自発報告制度

操縦士なら一度は聞いたことがあるはずの VOICES。けれど、一般にはほとんど知られていません。今回は、この「空の安全を縁の下で支える仕組み」を、できるだけやさしく整理します。

VOICESとは何か #

VOICES(ボイシズ)=航空安全情報自発報告制度です。

事故や重大インシデントは、法令で義務報告することが決まっています。しかし、実際の現場では「ヒヤリとした」「あと一歩で危なかった」という、事故には至らなかった事象が無数にあります。こうした、義務報告では拾いきれない情報を自発的(=任意)に集めて、航空の安全向上に役立てよう——というのがVOICESです。

  • 開始:2014年度から(国の「航空安全プログラム」に伴って運用開始)
  • 運営公益財団法人 航空輸送技術研究センター(ATEC)。報告者を守るため、国土交通省航空局そのものではなく、第三者機関が運営しているのがポイント
  • 位置づけ:米国NASAが運営する ASRS の日本版にあたる仕組み、とイメージするとわかりやすい

誰が・何を報告するのか #

報告できる人:航空活動に直接携わっている人たち(個人、またはその所属組織)。操縦士はもちろん、管制・整備・客室乗務員・運航管理など、現場の当事者が広く対象です。

報告する事象ヒヤリハットを含む「安全上の支障を及ぼす可能性があったと思われる事象」。国の義務報告制度の対象となる事象を除いた、あらゆる事象が対象です。

つまり、「事故ではないけれど、ヒヤッとした」——その小さな気づきこそが、VOICESがいちばん欲しい情報です。


制度の肝は「罰しない・名前を出さない」 #

VOICESがうまく機能するための、いちばん大事な仕組みがこれです。

  • 秘匿性(匿名性):報告者の個人名・会社名などが特定される情報の提供を求めない
  • 非懲罰:提供された情報を、行政処分などの不利益処分の根拠として使わない

なぜこれが重要か。もし「正直に報告したら罰せられる」なら、誰も本当のことを書きません。罰を恐れて隠す——それが、安全にとって最悪の文化です。実際、飲酒を隠ぺいしたJALの事案が示すように、「隠す」ことは安全の根幹を壊します。

VOICESは逆に、**「正直に出しても大丈夫」**という安心を制度として保証することで、現場の本音を引き出します。これは、ミスを責めずに原因を学ぶ「ジャスト・カルチャー(公正な文化)」の考え方そのものです(関連:CRM/安全文化)。


報告したあと、どうなる #

集まった情報は、

  1. 業務実施者間で共有され、
  2. 分析して、必要と思われる改善が提案される

という流れで活かされます。その情報共有のために、FEEDBACK誌が発行されています。一人のヒヤリが、みんなの教訓になる——これがVOICESの価値です。


現役ヘリパイロットとして思うこと #

事故は「氷山の一角」だとよく言われます。水面の下には、報告されない無数のヒヤリハットが沈んでいる。義務報告だけを見ていては、その水面下は見えません。VOICESは、その見えない部分を可視化し、大事故になる前に手を打つための仕組みです。

報告は、「告げ口」でも「自分のミスの暴露」でもありません。次に同じ場面に遭う、どこかの誰かを守る行為です。操縦士なら知っているはずの制度ですが、知っているだけでなく**「実際に出す」文化**を、業界みんなで育てていきたい。

そして、空を利用するみなさんにも知ってほしいのです。日本の空の安全は、こうした地道で、目立たない仕組みにも支えられている、ということを。


まとめ #

項目内容
VOICES航空安全情報自発報告制度(2014年度〜)
運営公益財団法人 航空輸送技術研究センター(ATEC)。第三者機関
報告者航空活動に直接携わる人(操縦士・管制・整備・客室乗務員 等)
対象ヒヤリハット等、義務報告を除く安全上の事象すべて
特徴秘匿性(匿名)+非懲罰(処分の根拠にしない)
活用共有・分析・改善提案。FEEDBACK誌を発行
たとえNASA・ASRSの日本版

「罰しない・名前を出さない」から、本音が集まる。VOICESは、そんな逆説の上に成り立つ、空の安全の縁の下の力持ちです。


本記事は、航空安全情報自発報告制度「VOICES」公式サイト(公益財団法人 航空輸送技術研究センター運営)の公開情報をもとに、制度の概要を整理したものです。報告の要件・運用の詳細は公式サイトをご確認ください。

ヒーロー画像:「AgustaWestland AW139 Instrument Panel」(ヘリコプターのコックピット例)/ Wikimedia Commons / CC0(本記事への掲載にあたりリサイズを行いました)


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