整備士が足りないのは日本だけ? 待遇と養成制度を米欧日で比べてみた
「ヘリの整備士が足りない」という話は、ここ数年すっかり業界の定番になりました。ドクターヘリの運航が一部休止された、というニュースを目にした方もいるかもしれません。
ではこれは日本だけの問題なのか。結論から言うと、整備士不足は完全に世界共通の現象です。ただ、各国で「不足の出方」がかなり違います。今回は米国・欧州・日本の3つについて、資格と養成のしくみ、そして待遇を並べて比べてみました。現役で操縦席に座る側から見て、整備の現場をどう支えていくかは他人事ではないので、自分の勉強も兼ねて整理しています。
まず、不足は世界規模で起きている #
ボーイングの最新の予測では、今後20年間で世界の航空業界は新たに約71万人の整備士を必要とするとされています。背景はどの国も似ていて、ベテランの退職、養成の目詰まり、機材の増加、そして他の技術系産業との人材の取り合い、この4つが重なっています。
特に深刻なのが北米です。認定整備士のうち27%が64歳超で、今後6年で80%が退職する見込みという、かなり危ない年齢構成になっています。米国単独で見ても、認定整備士の平均年齢は54歳、4割が60歳超という数字が出ています。「高齢化が進んでいて若手が入ってこない」という、日本でもよく聞く構図がそっくりそのまま当てはまります。
養成の入口が細いのも各国共通です。米国では整備士養成校の定員の約3分の1が埋まっていないと報告されており、「応募者が足りない」以前に「整備士という仕事が知られていない」ことが壁になっています。
3か国の制度と待遇を並べてみる #
細かい話に入る前に、ざっくり一覧にしておきます。為替はおおむね1ドル150円台、1ポンド200円前後、1ユーロ170円前後で、円換算は感覚をつかむためのざっくり値です。物価や税が違うので、額面どおりの差ではない点は後で触れます。
| 資格・養成制度 | 待遇の目安 | |
|---|---|---|
| 米国(A&P) | FAAのA&P(機体+動力)証明。Part 147認定校で16〜24か月が王道だが、学校に通わず実務経験ルート(約30か月)から試験という道も残っている。免許は全米共通で持ち運び可 | 中央値 約$78,680(2024年BLS)。新人で$45,000〜55,000、経験者はエアライン・貨物・メーカーで$90,000〜120,000+。貨物大手のトップは年$15万超、残業込みで$20万超も |
| 欧州(EASA Part-66) | A/B1(機械)/B2(アビオ)/C(重整備の確認)にカテゴリ分け。Part 147認定校で受講(Cat A 800時間、Cat B 2,400時間)+実務経験。免許は全EASA加盟国で通用 | 英国:有資格エンジニア平均 約£54,620、B1ライン職で£42,000〜80,000。独:航空宇宙分野平均 約€68,500、Part-66保有で未資格者より€5,000〜10,000上乗せ |
| 日本(航空整備士) | 一等/二等航空整備士、運航整備士。指定養成施設ルートが主流だが、ヘリの養成施設が極端に少ない | 平均 約450〜600万円。資格手当・夜勤手当・確認主任者などで差が大きい。初任給は18〜19万円ほど(県警ヘリ整備士の例) |
円に直して並べると、米国の中央値が約1,200万円、貨物大手のトップは3,000万円級、英独も1,000〜1,200万円相当。これに対して日本は500〜600万円です。ここが一番大きな差になります。
もちろん、物価も税も通貨も違うので、見た目の数字ほど生活の余裕に差があるわけではありません。それでも「天井の高さ」が構造的に違う、という点は押さえておきたいところです。
米国 — 入口が広く、上が高い #
米国のA&P(Airframe & Powerplant)は、必ずしも学校に通う必要がありません。実務経験ルート(30か月程度の現場経験)から試験を受ける道が残っているので、軍上がりの整備員や現場たたき上げの人が免許を取りやすいのが特徴です。
しかも免許が連邦共通で、全米どこでも通用します。つまり待遇の悪い職場からは普通に転職で抜けられる。結果として、貨物・エアラインの好待遇のところに人材が流れていきます。アメリカでは「大卒不要で高給が狙える職業」としてメディアに取り上げられるほどで、待遇面のレバーをしっかり使っている印象です。
それでも前述のとおり高齢化は深刻で、要するに「待遇は引き上げたものの、世代交代が追いついていない」状態だと言えます。
欧州 — 免許が報酬のゲートそのもの #
欧州のEASA Part-66で面白いのは、確認(整備後に「飛行可」とサインを出す権限)が免許カテゴリに厳密に紐づいている点です。
無資格の技術者と、有資格の確認スタッフとでは給与レンジがはっきり分かれます。需給が逼迫しているので、有資格者は高めの初任給を交渉できる。ドイツでは、Part-66ライセンスを持っているだけで未資格者より年€5,000〜10,000ほど上乗せされる、という報告もあります。
さらに、この免許は国境を越えて全EASA加盟国で通用します。東欧で資格を取って西欧や中東の高待遇先へ移る、という人材移動が制度的に起きやすい。会社が人を抱え込んで育てる日本とは、ちょうど逆向きの力学が働いています。
日本 — 入口が狭く、ヘリはさらに狭い #
日本の弱点は、待遇の金額そのものより、養成のパイプラインの細さと、公務員型の給与体系にあると感じます。
まず、ヘリの指定養成施設がほとんどありません。国土交通省の資料では、回転翼の二等航空整備士の指定養成施設は全国で数えるほど。飛行機側に養成の場が偏っているので、ヘリ整備士を目指そうにも入口が見つけにくいのが実情です。学費を払って卒業しても、飛行機側に比べて就職後の給与が見劣りする、という構造的な不利もあります。
加えて、消防防災ヘリや県警ヘリの整備士は自治体の公務員給与に乗ります。初任給18〜19万円というのは、民間航空の整備よりやや低いところからのスタートです。米国や欧州のように「待遇で釣って人を引き込む」というレバーが、そもそも効きにくい設計になっているわけです。
ドクターヘリの運航が整備士不足で一部止まる、という事態が国内で実際に起きているのは、こうした入口の細さと待遇の天井の低さが効いている部分が大きいと考えています。
ヘリは、どの国でも統計の死角になりやすい #
ここまで待遇の数字を並べてきましたが、正直に言うと、これらはどの国もエアラインや固定翼が中心のデータです。
たとえばボーイングの71万人という有名な予測も、実はビジネス航空と民間ヘリコプターは対象から除外されています。欧州ではヘリがB1.3(タービンヘリ)・B1.4(ピストンヘリ)として制度上はカテゴリ分けされていますが、給与統計としては表に出にくい。米国もA&Pは機体・動力という大きな括りで、ヘリ専用の区分がないため、ヘリ整備士の数字は全体に埋もれてしまいます。
つまり「ヘリ整備士の国際待遇比較」は、どの国も統計の解像度が低いという共通の壁があります。そしてこれ自体が、ヘリ分野が政策の死角になりやすいことの傍証だと、私は受け止めています。
まとめ — 制度の設計思想が、不足の出方を変えている #
3か国を並べてみて見えてきたのは、整備士不足という同じ悩みでも、制度の設計思想によって出方がまるで違う、ということです。
- 米国は「移動の自由」型。免許が共通で持ち運べるから、待遇の良い職場に人が集まり、悪いところは置いていかれる。
- 欧州は「免許=報酬ゲート」型。確認権限が免許に紐づき、有資格者の希少性がそのまま給与に反映される。
- 日本は「抱え込み・公務員」型。会社や自治体が育てる前提で、待遇で人を引き寄せるレバーが弱い。
操縦する側からすると、整備士の方々がいなければ私たちは一歩も飛べません。機体を預けて、その日の任務を一緒に組み立てていく相棒です。だからこそ、この不足の問題を「整備の世界の話」で終わらせず、運航する側からも関心を持ち続けたいと思っています。
次回は、米国の実務経験ルートが日本に無いことの影響や、EASAのカテゴリ制度とJCABの一等・二等の対応関係あたりを、もう少し技術的に掘ってみる予定です。
参考にした主な情報源 #
- Boeing, “Pilot and Technician Outlook”(整備士需要の長期予測)
- Brookfield Aviation International / Aviathrust(北米の年齢構成・退職見込み)
- U.S. Bureau of Labor Statistics(米国整備士の賃金中央値、2024年5月データ)
- ZipRecruiter / Glassdoor / getmyanp.com(米国A&Pの賃金レンジ、貨物大手の上限)
- EASA “Get a Part-66 licence” / Air Service Training(欧州の資格制度・訓練時間)
- Glassdoor UK / Indeed UK / arts.aero(英・独の有資格エンジニア待遇)
- 国土交通省 指定養成施設一覧(回転翼整備士の養成施設数)
- キャリアガーデン / スタディサプリ進路 / 中日本航空専門学校(国内航空整備士の年収・初任給)
※数値は出典の公開時点のものです。為替換算は概算で、物価・税制の違いは考慮していません。
ヒーロー画像:ヘリコプターの整備点検(テイルローターの確認)。「Task Force Ivy field aviation maintenance keeps helicopters flying in Baltics」by Staff Sgt. Oscar Gollaz, U.S. Army / Wikimedia Commons / Public Domain
コメント
※ 名前を入力するだけでコメントできます(メールアドレスは任意)。 投稿いただいたコメントは管理者の承認後に表示されます。