医師の85%が「ドクターヘリに乗りたくない」——この数字を、飛ばす側はどう受け止めるか

医師の85%が「ドクターヘリに乗りたくない」——この数字を、飛ばす側はどう受け止めるか

耳の痛いニュースだが、目をそらすべきではないと思ったので書く。

医療専門サイトm3.comが医師会員に行った調査で、「ドクターヘリに乗りたくない」と答えた医師が85%にのぼった。さらに、ドクターヘリの運用範囲を「絞るべき」が65%。理由として挙げられたのは、多額の維持費、費用対効果への疑問、そして墜落事故のリスクだという。

このシリーズでは、整備士不足による運休国の検討会兵庫の2パイロット制令和9年度の予算増額と、「どうやって飛ばし続けるか」ばかりを追ってきた。そこに、「そもそも乗りたくない」という当事者の声が突きつけられた形だ。

まずは数字を正しく読み、そのうえで、飛ばす側として何を思うかを書きたい。

まず、この「85%」は読み方に注意がいる #

数字は正確に扱いたい。内訳はこうだ。

  • 搭乗経験がなく、今後も乗りたくない:76%
  • 搭乗経験はあるが、今後は乗りたくない:9%
  • 合計=85%

つまり85%の大部分(76%)は、そもそもドクターヘリに乗ったことがない医師である。m3.comの会員は、救急科に限らずあらゆる診療科・開業医を含む。皮膚科の先生も、クリニックの内科の先生も回答する。自分の仕事にヘリが関係ない医師が「乗りたくない」と答えるのは、当然といえば当然だ。

実際、別のm3.comの調査では、ドクターヘリの搭乗経験がある医師は全体の1割強にとどまる。母集団の圧倒的多数にとって、この質問は「自分事」ではない。

だから「医師の85%がドクターヘリを否定した」と読むのは、誤読だ。これは以前、ヘリの落下物ばかりが報じられる構造を書いたときと同じ話で、数字は、どう集められたかを見ないと意味を取り違える

そのうえで、本当に効いている数字は別にある。

  • 搭乗経験がありながら「もう乗りたくない」と答えた9% ——これは重い。
  • 運用範囲を「絞るべき」65% ——これは経験の有無にかかわらず、医療者コミュニティ全体の費用対効果への疑念を表している。

「85%」の見出しに驚くのではなく、この2つの数字を直視するべきだと思う。

「墜落リスク」という指摘に、正面から向き合う #

飛ばす側として、いちばん受け止めなければならないのは墜落事故のリスクという懸念だ。

これは感情論ではない。HEMS(ヘリコプター救急)は、航空の中でも相対的にリスクの高い運航である。天候の急変、初めて降りる場外、夜間、時間的プレッシャー——リスク要因が構造的にそろっている。世界的にもHEMSの事故率は長年の課題であり続けてきた。

だから、医師が「怖い」と感じるのは、まっとうな職業判断だ。その恐れを「理解が足りない」と片づけてはいけない

私たちの側が言えるのは、たった一つ。**「あなたが乗る場所を、できる限り安全な職場にする」**という約束を、実際の行動で示し続けるしかない、ということだ。

医師にとってヘリは「職場」であり、しかも自分では操縦できない職場だ。そこに命を預けてもらう以上、信頼は実績でしか積めない。「乗りたくない」と言われたら、それは私たちの側の宿題である。

「運用範囲を絞るべき」65%をどう考えるか #

もう一つの65%。これは、限られた医療資源をどこに配分するかという、まっとうな政策論だ。

ドクターヘリの価値は、山間部・離島・渋滞といった地理的制約を越えて、医師を現場に運べることにある。一方で、令和9年度予算で支援を増額という話が出るほど、維持には相応の公費がかかる。「その金額に見合う効果が本当に出ているのか」を問うのは、医療者として健全な視点だ。

同時に、記事の中には逆の意見も紹介されている——「医療機関の集約化が進むほど、ドクターヘリの重要性はむしろ増す」。

これは私も強く同意する。地方の病院が統廃合され、救急を受けられる施設が遠くなるほど、「距離」という問題は深刻になる。地上の医療体制が薄くなった穴を、空が埋める。集約化と空の搬送は、セットで考えるべき問題だ。

つまり「絞るべきか、広げるべきか」は二択ではなく、**「どこに、どう配分するか」**という設計の話に落ちていく。65%という数字は、その議論を始めるための入り口として受け取りたい。

飛ばす側として思うこと #

正直に言えば、この調査結果を読んで少し落ち込んだ。けれど、乗る人の本音が可視化されたことには価値があると思い直した。

以前、「なんか変」を言える現場は強いという記事を書いた。安全は、違和感を口に出せる文化の上に成り立つ、という話だ。今回の調査は、まさに医師たちが違和感を口に出した結果だと言える。であれば、私たちがやるべきことは、反論することではなく、聞くことだ。

  • なぜ怖いのか
  • 何があれば安心して乗れるのか
  • どの出動なら価値を感じ、どの出動に疑問を感じるのか

整備士不足で運休が続き、予算や体制の議論が進むいま、「担い手をどう確保するか」と同じ熱量で、「乗る人にどう信頼されるか」を考えるべきタイミングなのだと思う。飛ばし続けることが目的化して、乗る人の不安を置き去りにしたら、本末転倒だ。

数字は、耳の痛いところほどよく効く。そう思っておきたい。

まとめ #

  • m3.comの医師会員調査で、「ドクターヘリに乗りたくない」85%「運用範囲を絞るべき」65%。理由は維持費・費用対効果・墜落リスク
  • ただし85%の内訳は76%が「搭乗経験なし」。会員には全診療科が含まれ、多くにとって自分事ではない。「医師の85%が否定した」は誤読
  • 直視すべきは、**経験者で「もう乗りたくない」9%**と、運用範囲への疑念65%
  • 墜落リスクの懸念はまっとう。HEMSは構造的にリスクが高い。飛ばす側は「安全な職場にする」約束を実績で示すしかない。
  • 「絞るか広げるか」ではなく**「どこにどう配分するか」**。医療機関の集約化が進むほど空の価値は増す、という逆の指摘も重い。
  • 担い手確保と同じ熱量で、乗る人の信頼を考えるべき時期。

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本記事は、m3.comの報道をもとに、現役ヘリコプターパイロットの視点から整理・考察したものです。当該調査は医師会員を対象としたウェブアンケートであり、回答者の属性に偏りがある可能性があります。数値の解釈には私見を含みます。


出典

画像出典:Wikimedia Commons “Hyogo Pref Doctor Helicopter JA831H” by KishujiRapid(CC BY-SA 4.0)。記事内容と直接の関係はないイメージ画像(ドクターヘリの一例)。

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