免許を取った124人のうち、操縦士になれたのは69人——ヘリ求人の要件を数字で読む
「ヘリコプターの操縦士が足りない」——この言葉は、もう何年も聞き続けています。当ブログでもドクターヘリの担い手問題や航空大学校のヘリコースを追ってきました。
ただ今回、実際の求人票と国が公表している供給の数字を突き合わせてみて、認識が少し変わりました。
足りていないのは、操縦士の「数」ではありませんでした。
まず、実際の求人が何を求めているか #
いま出ている(あるいは直近で出ていた)ヘリ操縦士の募集を並べます。すべて各社・各自治体の公表情報です。
| 募集元 | 区分 | 飛行時間の要件 | 年齢 |
|---|---|---|---|
| 中日本航空 | 民間・経験者 | 機長時間500時間(40歳未満)/機長時間1,000時間(40〜50歳) | 50歳未満 |
| 第一航空 | 民間・経験者 | 総飛行時間450時間 | 不問 |
| 神戸市消防局 | 自治体・直接採用 | 記載なし | 約40歳未満 |
| エアロトヨタ(旧・朝日航洋) | 民間・未経験 | — | — |
| 東邦航空 | 民間 | 操縦士の中途募集なし | — |
いくつも気づくことがあります。
要件が「機長時間」で切られている。中日本航空は総飛行時間ではなく機長時間を見ます。来た日から機長として使える人が欲しい、という意思表示です。しかも年齢が上がるほど要件が重くなる。
自治体は逆に、飛行時間を書いていない。神戸市消防局は事業用(回転翼)・第1種航空身体検査・航空無線通信士があれば応募でき、「現有ライセンスを考慮」とされています。要件を下げてでも採りたいという姿勢が見えます。第一航空が年齢不問なのも同じ方向でしょう。
入口が二極化している。「機長時間500時間以上」の即戦力枠か、「これから免許を取る」訓練生枠か。その中間の募集が、ほとんど見当たりません。
そして東邦航空の中途採用は、営業・運航管理・航空整備士・航空整備管理の4職種で、操縦士が入っていません。
では、免許はどれくらい発行されているのか #
ここからが本題です。国土交通省が2026年6月に公表した「ヘリコプター操縦士の確保・養成に関するとりまとめ」に、供給側の数字が明記されています。
| 年度 | 新規に事業用操縦士(回転翼)を取得した人数 |
|---|---|
| 平成31〜令和3年度 平均 | 37名 |
| 令和4〜6年度 平均 | 39名 |
| 令和7年度(2025年度) | 45名 |
ヘリ操縦士の総数は約1,300名で、ここ10年ほぼ横ばいです。
年間40名前後が新たに免許を取っている。決して多くはありませんが、総数1,300名に対して毎年3%強が入ってくる計算になります。
そして、決定的な一文 #
同じとりまとめに、こう書かれています。
令和3年〜令和5年にライセンスを取得した計124名のうち、令和7年1月時点で実際に新たに操縦士として事業にあたっている者の数は69名となっている
124名が免許を取り、業界で飛べているのは69名。
残る55名——約44%が、操縦士になっていません。
しかもこの人たちは、訓練費に1,500万円以上を投じています(同とりまとめによる。ヘリの飛行は燃料・整備費等で1時間あたり20〜30万円かかります)。1,500万円を払って免許を取り、4割強が飛べていない。
これは今に始まったことではない #
11年前の資料にも、ほぼ同じ数字が記録されていました。
2015年7月の「ヘリコプター操縦士の養成・確保に関する関係省庁連絡会議」とりまとめには、こうあります。
20代のヘリコプター事業用操縦士資格保有者(自衛隊関係を除く)のうち、事業等に従事している者は6割程度にとどまっている
当時の数字は保有84名に対し、従事51名(平成25年1月1日現在)。60.7%です。
2013年に約61%、2025年に約56%。11年経っても、免許取得者の4割前後が業界に入れていない状態が続いていることになります。
二つの数字を並べると、構造が見える #
求人票と供給の数字を並べます。
| 項目 | 数字 |
|---|---|
| 年間の新規免許取得者 | 45名(令和7年度) |
| 養成機関の年間養成数 | 25名程度(日本フライトセーフティ、アルファーアビエィション、工学院大学の計) |
| 免許取得後に操縦士になれる割合 | 約56%(69/124) |
| 免許取得直後の飛行時間 | 200時間前後 |
| 民間求人が求める機長時間 | 500〜1,000時間 |
| 消防庁基準(機長要件) | 飛行経歴1,000時間以上 |
| 訓練費用 | 1,500万円超 |
入口は年45名ぶん開いています。しかし求人が求めるのは機長時間500〜1,000時間で、免許を取ったばかりの200時間台では応募すらできない。
その間を埋める場所がないから、44%が脱落する。
そして脱落したぶん、5年後10年後に「機長時間1,000時間の人」が育たない。いま各社が「機長時間500時間以上」と書いても応募が来ないのは、10年前に受け皿がなかった結果です。
国自身が「不足ではない」と書いている #
注目すべきは、この124名/69名という数字を挙げたうえで、とりまとめが次のように結論している点です。
現時点において運航者が操縦士不足に陥っているとまではいえない状況である
免許保有者の頭数だけ見れば、足りている。足りていないのは、その人たちに経験を積ませる場所のほうだ——という認識が、政府文書に明記されているわけです。
2015年の資料も同じ結論でした。当時は年間20〜30名の供給に対し、民間養成機関のキャパシティは年間80名以上あり、「供給量が不足しているという状況ではない」と書かれています。キャパシティは昔から余っていた。
だから、あの施策の形が腑に落ちる #
こう整理すると、航空大学校のヘリコースが「すでにライセンスを持つ若手操縦士」を対象にしている理由が、はっきりします。
あれは入口を広げる施策ではありません。かつての回転翼課程の復活でもない。44%の脱落を止めにいく施策です。
同じく7月に決まった養成費支援は、1,500万円という入口の壁を下げるもの。入口(費用)と二段目(経験)に、ようやく両方から手が入ったことになります。
パイロットとして思うこと #
数字を並べてみて、いちばん重いと感じたのは44%という数字の中身です。
これは統計上の欠員ではありません。1,500万円を払い、免許を取り、それでも飛べなかった55人です。訓練校を出たあと、どこにも就職口がなく、あるいは条件が合わず、別の道に進んだ人たち。
そして残酷なのは、その人たちが去ったことのツケを、10年後の業界が払っていることです。あのとき55人を受け止められていれば、いま機長時間1,000時間になっていた人が何人かはいたはずで、ドクターヘリや防災ヘリの2030年以降・年間10名以上の不足という試算も、少しは違っていたかもしれません。
「操縦士が足りない」と「操縦士になれない人がいる」は、同時に成立します。しかも前者の原因が後者だ、という関係になっている。
もう一つ、実務的に気になったのが求人情報が集約されていないことです。固定翼のパイロット求人をまとめているサイトを見ると、エアラインの自社養成やビジネスジェットは並ぶのに、回転翼の求人は一件も載っていません。各社の採用ページを個別に見に行かないと、募集の存在にすら気づけない。
養成の入口を国が広げようとしている一方で、入口の情報が散らばったままというのは、比較的低コストで直せる部分ではないかと思います。
45名が免許を取り、69/124しか飛べていない。この数字を変えられるかどうかが、これから10年のヘリ業界を決めるのだろうと思います。
まとめ #
- 実際の求人は機長時間で要件を切る。中日本航空は機長時間500時間(40歳未満)/1,000時間(40〜50歳)。第一航空は総飛行450時間・年齢不問。神戸市消防局は飛行時間の記載なし(自治体は要件を下げている)。東邦航空の中途には操縦士の募集がない。
- 募集は即戦力と完全未経験(訓練生)に二極化し、その中間がほぼ存在しない。
- 供給側は、新規の事業用操縦士(回転翼)が令和7年度45名(平成31〜令和3年度平均37名、令和4〜6年度平均39名)。総数は約1,300名で10年横ばい。
- 決定的なのは、令和3〜5年に免許を取った124名のうち、令和7年1月時点で操縦士として事業にあたっているのは69名——約44%が操縦士になっていない。訓練費は1,500万円超。
- 11年前も同じ。2015年の資料では20代の資格保有84名に対し従事51名(約61%)。構造は変わっていない。
- 免許取得直後は200時間前後、求人が求めるのは500〜1,000時間。この間を埋める場所がないことが、44%の脱落を生んでいる。
- 国自身が「現時点において運航者が操縦士不足に陥っているとまではいえない」と結論。足りないのは頭数ではなく経験を積ませる場所。
- だから航空大学校のヘリコースは「すでに免許を持つ若手」が対象。入口拡大ではなく脱落を止める施策である。
- 付随して、回転翼の求人情報が集約されていない(固定翼向け求人サイトに一件も載らない)のも、志望者にとっての障壁になっている。
関連記事 #
- 航空大学校の教官募集は「飛行機」だけ——ではヘリの養成はどうなったのか
- 「飛行1時間30万円」を誰が払うか——防災・ドクターヘリ操縦士の養成費を国が支援へ
- 現役パイロットが教える、国内ヘリコプター訓練のリアル——ライセンス・費用・機種・実力ギャップ
本記事は、国土交通省および各社・各自治体が公表している募集要項・資料に基づき、現役ヘリコプターパイロットの視点から整理したものです。募集要項は掲載時点のものであり、内容・募集の有無は変更される可能性があります。応募を検討される場合は必ず各社の最新の公表情報をご確認ください。考察部分には筆者の私見を含みます。
出典
- 国土交通省「ヘリコプター操縦士の確保・養成に関するとりまとめ」(2026年6月公表。新規ライセンス取得者数、124名中69名、養成機関の年間養成数、訓練費用等) https://www.mlit.go.jp/report/press/kouku02_hh_000291.html
- 「ヘリコプター操縦士の養成・確保に関する関係省庁連絡会議 とりまとめ」(平成27年7月。20代資格保有84名/従事51名、養成機関キャパシティ等) https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/kento165_09_shiryo-02.pdf
- 中日本航空株式会社「キャリア採用」 https://www.nnk.co.jp/recruit/career/
- 神戸市「航空従事者(航空機操縦士)選考」 https://www.city.kobe.lg.jp/a81137/koukusouzyushisaiyou.html
- エアロトヨタ株式会社「ヘリコプター認定操縦訓練生制度」 https://www.aerotoyota.co.jp/recruit/trainee/
- 東邦航空株式会社「中途採用」 https://www.tohoair.co.jp/recruit/mid-career.html
画像出典:Wikimedia Commons “Robinson R22 beta N2584F” by Acroterion(CC BY-SA 4.0)。イメージ画像(訓練機として広く使われるロビンソンR22)。
コメント
※ 名前を入力するだけでコメントできます(メールアドレスは任意)。 投稿いただいたコメントは管理者の承認後に表示されます。