TSO-C146とは何か——GPSに「SBAS」を足すと、何ができるようになるのか

TSO-C146とは何か——GPSに「SBAS」を足すと、何ができるようになるのか

前回、VFRでGPSを使う基準(サーキュラー5-006)を扱いました。そこで TSO-C129/TSO-C146 という記号が出てきます。GTN 750のような機器が取得しているものです。

では、TSO-C146とは具体的に何なのか。

一言でいえば、「GPSに、SBASという補強を足した航法装置」の基準です。そしてこの「補強」があるかどうかで、その機体がどこまで降りられるかが変わります。

長くなりますが、通しで整理します。

1. そもそもTSOとは #

TSO(Technical Standard Order)は、FAAが定める装備品の最低性能基準です。「この種の装置は、最低限これを満たせ」という仕様書だと考えてください。

メーカーがその基準を満たすと、TSOA(TSO Authorization)が発行されます。ここで最初の重要な注意点です。

TSOAは設計と製造の承認であって、装備して使用してよいという承認ではない

FAAが明記しています。TSOAは「この製品はこの基準を満たして作られている」という証明であり、「あなたの機体に付けて飛んでよい」という意味ではありません。装備は別途、STCや——日本なら修理改造検査と飛行規程への記載——という手続きが必要です。

なおTSOAは米国メーカーにのみ発行され、他国のメーカーは二国間協定に基づく枠組み(LODA等)になります。欧州にはETSOという対応する制度があり、番号は概ね揃えられています(ETSO-C146eなど)。

2. TSO-C129とTSO-C146の違い=SBASの有無 #

GPS航法装置のTSOには、大きく2系統あります。

対象補強
TSO-C129GPS単独の航法装置なし
TSO-C145GPS/SBAS のセンサー(Class Beta)あり
TSO-C146GPS/SBAS のスタンドアロン航法装置あり

C145とC146の違いは、FAAのAC 20-138Dが端的に説明しています。

TSO-C145dはGPS/SBASのセンサー(Class Beta)の基準を定め、TSO-C146dは二つの構成——完全なセンサー/航法コンピュータ(Class Gamma)と、“ILS look-alike”(Class Delta)——を定める

つまり——

  • C145(Beta):位置を出すだけのセンサー。航法計算は外部のFMS等が行う
  • C146(Gamma)位置も航法計算も自前でやる、完結した航法装置
  • C146(Delta)ILSそっくりの偏位出力を出す構成

GTN 750のような「単体で経路を管理し、進入まで案内する」機器は、このGammaにあたります。

3. SBASとは何か #

SBAS(Satellite-Based Augmentation System/衛星航法補強システム)は、こういう仕組みです。

地上の基準局がGPS信号の誤差と異常を監視し、補正情報と異常情報を静止衛星経由で航空機に送る。

GPS単独では、誤差がどれくらいあるか、いま信号が信用できるかを機体側で完全には判断できません。だからGPS単独の装置は、受信機自身が衛星の整合性をチェックする RAIM(受信機による完全性の自律的監視) に頼ります。

SBASは、そこに外部からの答え合わせを足すものです。

地域ごとに運用者が違います。

地域SBAS
米国WAAS
欧州EGNOS
日本MSAS

日本のMSASは、2020年4月からMTSAT(運輸多目的衛星)に代わって、みちびき(QZSS)3号機のL1Sb信号で配信されています。配信の担い手が変わっただけで、MSAS自体は続いている、という理解が正確です。

4. 「補強がある」と何が変わるのか——進入の話 #

ここが本題です。SBASの有無は、進入方式でどこまで降りられるかに直結します。

計器進入の最低気象条件(ミニマ)には、いくつかの「線」があります。

ミニマ垂直ガイダンス必要な装備
LNAVなし(非精密進入)GPS単独でも可
LNAV/VNAVあり(気圧高度またはSBAS)
LPなし(水平精度のみ向上)SBAS必須
LPVあり(SBASによる垂直ガイダンス)SBAS必須

LPVは “Localizer Performance with Vertical guidance”。ILSに似た精度で、進入方向と降下角の両方の案内を受けられる方式です。

そしてこれを飛ぶには、SBAS対応機器=TSO-C146(またはC145+対応FMS)が要る。GPS単独のC129機では、LNAVまでしか降りられません。

「TSO-C146を積んでいる」ことの実務的な意味は、ここにあります。装置が高級だという話ではなく、そのぶん低い高度まで降りて着陸可否を判断できるということです。

5. 運用クラス1〜4という区分 #

C146には運用クラス(Operational Class)1〜4という区分もあります。AC 20-138Dの記述から整理すると、おおむねこうなります。

運用クラスできること
Class 1基本(エンルート/ターミナル/LNAV)
Class 2LNAV/VNAV等。LP進入はできないが、LNAVミニマに対する参考的な垂直ガイダンス(advisory vertical guidance)は出せる
Class 3LP/LPVに対応
Class 4機能クラスDelta。LPVとLPのみの “ILS look-alike”。最終進入区間の偏位出力に特化

AC 20-138Dは、Class 4についてこう書いています。

Operational Class 4(Functional Class Delta)equipment provides an “ILS look-alike” capability for LPV and LP only.

Class 4(Delta)は単体で完結した航法装置ではありません。経路の管理はFMSが行い、Deltaは最終進入でILS類似の針を出す役割に特化しています。だから Class Delta-4のアーキテクチャはLP/LPVの入力を処理せず、偏位も経路構築も出力しない——という但し書きが付く場面があります。

自分の機体が「C146を持っている」だけでは足りず、どのクラスかまで見ないと、何ができるかは決まらないわけです。

6. 改訂版がたくさんある理由 #

TSO-C146には C146 / C146a / C146b / C146c / C146d(欧州のETSOはC146eまで)と改訂版があります。これは参照する性能基準(MOPS)が更新されるためです。

MOPSは RTCA DO-229 です。C146aはDO-229Cを、C146c/C146dはDO-229Dを参照する、といった対応になっています。

実務で押さえておきたいのは、「C146を持っている」だけでは情報が足りないという点です。改訂版の別(a/b/c/d)と運用クラスまで確認して、はじめて「この機体で何ができるか」が決まります。

AC 20-138Dには、旧改訂版の機器を新しい改訂版へ格上げする際の扱い(アンテナ要件など)も書かれており、古い機器がそのまま最新扱いになるわけではないことが分かります。

7. 日本ではどこまで使えるのか #

ここが、日本の読者にとっていちばん実務的な問いだと思います。

日本でもLPVは始まっています。ただし、始まったのは比較的最近です。

2022年9月8日、北海道エアシステム(HAC)が日本初のLPV進入の運用を開始しました。対象は札幌丘珠・釧路・奥尻・利尻の4空港です。

HACのプレスリリースには、効果が具体的に書かれています。

(例)奥尻空港 滑走路番号13の場合。従来の進入方式では、視界不良時に滑走路が視認できない場合、対地高度 約116m(380ft)までしか進入できなかったが、LPV進入では約78m(257ft)まで進入可能となる。

380ft → 257ft。約120ft低いところまで降りて、着陸可否を判断できる。離島空港の就航率にとって、この差は小さくありません。

同社はこうも書いています。

海外では既に実用化されているLPV進入ですが、日本で実用化するためには、LPVを用いた飛行に関する新たなルールづくりと運航会社に対する航行許可が必要となります

その後、日本エアコミューター(JAC)も導入しています。

つまり日本の状況は——制度と方式の整備が進行中で、対応機材と航行許可を持つ運航者から順に使えるようになってきている段階です。「C146を積んでいれば日本中どこでもLPVで降りられる」わけではありません。その空港にLPVの進入方式が設定されていることが前提になります。

8. ヘリコプターにとっての意味 #

ここまで固定翼の話に見えるかもしれませんが、ヘリにとってこそ効いてくる話でもあります。

理由は単純で、ヘリが行く場所には、地上の無線施設がないからです。

ILSは地上設備が要ります。滑走路ごとに機器を置き、維持する必要がある。だから離島や小規模空港には入りません。ヘリポートには当然ありません。

SBASは衛星から補強が来るので、地上に何も置かなくていい。国交省の資料でも、SBASを活用したLPVが普及すれば地上無線施設を装備していない滑走路でもCAT-I相当の運航が可能になることへの期待が述べられています。

ドクターヘリや消防防災ヘリが向かう先を考えると、この性質は本質的です。設備のない場所に、精度の高い進入を持ち込める——将来的にPinS(Point in Space)進入などを含めて、ヘリの運航を変えうる技術だと思います。

9. ただし——VFRの話に戻ると #

最後に、前回の記事に接続しておきます。

ここまで書いたLPVの話は、すべてIFRの世界の話です。

前回扱ったサーキュラー5-006(VFR用)では、GPSは目的の一文で「補助的に使用し」と位置づけられ、確認を得た装置には

本GPS装置は有視界飛行方式での使用に限る

という標識の貼付が義務づけられていました。

TSO-C146を持つ立派な機器でも、その機体でのVFR使用として承認されたなら、貼られるのはこの標識です。

装置の能力と、その機体で許された役割は、別の話です。C146が持つLPVの能力は、IFRの承認と、その空港に設定された進入方式があって初めて意味を持つ。

群馬県防災ヘリの事故報告書にあった「GPS装置に依存せず」という一文を、もう一度置いておきます。装置がどれだけ進化しても、その装置に許された役割を超えて使ってよい理由にはならない——TSO-C146を調べていて、結局そこに戻ってきました。

まとめ #

  • TSOはFAAが定める装備品の最低性能基準。TSOAは設計・製造の承認であって、装備・使用の承認ではない(FAA明記)。TSOAは米国メーカー向けで、欧州にはETSOがある。
  • GPS航法装置のTSOは、SBAS補強の有無で分かれる。C129=GPS単独C145=GPS/SBASのセンサー(Class Beta)C146=GPS/SBASのスタンドアロン航法装置
  • AC 20-138Dによれば、C146は二つの構成を定める。Class Gamma=完全なセンサー/航法コンピュータ、Class Delta=“ILS look-alike”。GTN 750のような単体完結型はGamma。
  • SBASは地上局がGPSの誤差・異常を監視し、補正情報を静止衛星経由で送る仕組み。米WAAS/欧EGNOS/日MSAS日本のMSASは2020年4月からみちびき(QZSS)3号機のL1Sbで配信(MTSATから移行)。
  • SBASの有無はどこまで降りられるかに直結。LP/LPVはSBAS必須で、GPS単独機はLNAVまで。LPV=ILSに似た精度で方向と降下角の案内
  • 運用クラス1〜4の区分もある。Class 2はLP不可(advisory vertical guidanceのみ)、Class 3でLP/LPV対応Class 4(Delta)はLPV/LP専用のILS look-alike「C146を持っている」だけでは何ができるか決まらない——改訂版(a/b/c/d)とクラスまで要確認。
  • 改訂版が多いのは参照MOPS(RTCA DO-229)が更新されるため。C146aはDO-229C、C146c/dはDO-229Dを参照。
  • 日本のLPVは2022年9月8日、HACが4空港(丘珠・釧路・奥尻・利尻)で開始したのが初。奥尻RWY13では380ft→257ftまで降下可能に。その後JACも導入。空港側に方式が設定され、運航者が航行許可を得て初めて使える
  • ヘリにとっての本質は「地上設備が要らない」こと。ILSが入らない離島・小規模空港・ヘリポートにも、精度の高い進入を持ち込める可能性がある。
  • ただしこれはIFRの話。VFRではサーキュラー5-006により「補助的に使用し」と位置づけられ、「本GPS装置は有視界飛行方式での使用に限る」の標識が貼られる。装置の能力と、許された役割は別

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本記事は、FAAのTSO/Advisory Circular、国土交通省航空局のサーキュラー、運航者の公表資料等の公開情報をもとに、現役ヘリコプターパイロットの視点から整理したものです。TSOの改訂や進入方式の設定状況は変わり得ます。特定製品が保有するTSOは改訂版の別を含めて変動するため、必ずメーカーの最新資料をご確認ください。実際の運航にあたっては、当該機の飛行規程および最新のAIP・チャートを必ずご参照ください。


出典

画像出典:Wikimedia Commons “Global Navigation Satellite System (GNSS) Satellite Fleet” by NASA’s Scientific Visualization Studio(Public domain)。

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